ITの発達がもたらす法律扶助革命
                                                  市 川 清 文 ・記

[一] ITの現在
 「ITバブル崩壊」、「IT不況」など、世は一転してITに対して手のひらを返したように恨めしげである。一時はIT革命と呼ばれ、世界を一変させる100年に一度の重大技術革新としてもてはやされてきたことから見ると、まことに世間の変わり身の早さに驚かされる。
 しかし、IT=情報(通信)技術の飛躍的な発展は、実はこれからが、その真価が問われる時期なのではないかと考えている。
 インターネット技術の確立と、これと並行して進められたコンピュータの普及は、これまでは『まず技術ありき』であり、「こんなことが可能になった」ということが先行してきた。しかし、実際にこれらをどのように使い、これを使って何をするのか、どのような分野に生かしていくのかという利用の分野、ノウハウの分野はまだまだ始まったばかりという状況である。
 たとえばテレビが出来て、さまざまなものを見せたり聴かせたりすることが可能になっても、それだけではテレビのメリットは見えてこなかった。放映する内容、番組が充実して初めてテレビ技術が不動の地位を築いたのと同様である。
 IT技術の利用に関しては、現在、各分野でさまざまな工夫を凝らしながら、どのようにすればITを使いこなせるか、日々、実験的な試みが続けられている。ホームページを使った広告宣伝、各種アンケートやサイバーショップ・インターネットオークションなどはもとより、画像や音楽・映像などは、居ながらにしての有料配信なども定着した。問題となっている出会い系サイトなども、不特定多数を、無記名のまま有機的に結べるというインターネットの機能をフルに生かした使い方である。
 ITを代表するインターネットの他にも、企業の各部署をオンラインでつなぐ技術はすでに定着している。先進企業では、各部署の必要なデータを集中あるいは分散しながら蓄積し、必要に応じて各部署から、場合によっては外部からも取り出すシステムが確立している。商品データ、在庫データなどの更新もリアルタイムで可能になっているところも多い。受注システムとも連動させて、自動的に売上等の財務諸表データを作成するシステムをもっているところもある。企業内外を通じての連絡はEメールで、という企業も増えている。
 このようなIT技術の利用は、今後も一層定着し、あるいは取り入れられていくことは疑問の余地がない。それは経済面でのIT不況などということと関係なく、確実に進行していくだろう。

[二] 扶助事業へのIT技術の導入
 法律扶助協会でも、このようなIT技術の利用については、積極的に取り組まれてきた。
 それは、次の2方向からの利用である。
 第1は、国民に対する宣伝・広報活動としての利用。
 第2は、法律扶助協会の組織内部での利用である。
 扶助協会では、様々な媒体を利用しての広報活動を進めてきたが、第1のIT技術の利用は、これに新たな媒体・手法を付け加えたものである。
第2の点については、すでに各支部と本部とを電話回線で接続し扶助事件データを統括管理するシステムが定着している。
各支部でどのような扶助の申込があったのか、扶助決定した事件の依頼者データ、処理状況データ、扶助金額や支払、回収状況等のデータがオンラインで本部に送られ、本部からも必要なデータが各支部に送信される。場合によっては、他の支部の状況なども参照できるシステムになっていると聞いている。
 このように、すでに法律扶助協会においても、IT技術の基本的な利用が進められ定着していることは間違いない。そしてそれはすでに、それぞれの分野で、大きな役割を果たしているものである。

[三] 国民に奉仕する分野でのIT利用

 1 ホームページによる広報活動
 扶助事業について、直接、国民との接点としてのIT利用としては、前述のインターネットホームページがまず挙げられる。
このホームページでは、扶助制度の紹介から扶助法の解説、利用の案内、具体的な各地の窓口などを紹介している他、援助事例を紹介したり、変わったところでは扶助協会のCMなども紹介している。更に、「今後の課題」コーナーを設け、現在の制度の欠点と克服の方向を挙げている点などは、国の機関のホームページにはない、扶助協会のスタンスを知らしめる特徴(味)でもある。もとより、援助の際の収入基準なども紹介されている。
これらは、各地で実施されている扶助事業の広報としては、ひととおりの内容をもっており、分かりやすさも備えているものである。
では、今後の方向を考えた場合には、更にどのようなことが求められてくるのだろうか。

 2 更にどんなことができるのか
 たとえば、今の協会のホームページでは、相当程度の情報を提供しているものの、これらは一方通行の情報提供であり、個々の質問に答えることはない。利用者からの問い合わせに応じる具体的な窓口は、あくまでも各支部の処理に委ねられている。
悩みを抱えて扶助協会のホームページを見た人は、ホームページの情報で判断できない部分、特に自分の悩みが扶助協会で受けてくれるものなのか、解決の可能性があるのかどうか、どのような条件が必要なのかについては、改めて各支部に連絡して電話で質問するか、あるいは実際に相談を受けたり、裁判援助の申込などをしなければ分からない。これが現状である。
 ホームページ上という制約を考えた場合には、やむを得ない制約とも言えるが、もし、これらに対して具体的に対応できるシステムが構築されていれば、ホームページ利用の利便性は更に飛躍的に高まる可能性がある。
 あるいは、これを進めていけば、ホームページ上で扶助の申請をするなどということも考えられる。
どの支部の弁護士が担当するかという地区割りの問題にしても、全国レベルでの事前の審査が可能になれば、現在のようにたまたま訪れた支部を中心に考えるなどということもなくなるだろう。
 このような情報の双方向性(インタラクティブシステム)を確保するためには、扶助協会側に、これに対応する態勢が必要である。
これには二つの態勢が考えられる。包括的・静的な態勢と、個別的・動的な態勢である。

 3 包括的・静的な双方向性の実現
たとえば、悩みを抱えている人が、ホームページの質問に次々に答えていく内に、その悩みの法的本質にたどり着き、救済の可能性や、具体的な手順、手続などにたどり着けるというシステムは、一面、双方向性をもった情報提供である。
相談者が個別事情を次々に入力するということは、相談者からの情報提供を受け入れているということであり、これに応えて、次々に新しいページが開かれるということで、情報のキャッチボールが成立しているのである。
現在のシステムでも、これらのことは直ぐに可能である。
これは、大きく分けて、法律相談そのものと、扶助手続の利用案内とに区分される。前者が、そのまま後者に結びついていくことはあり得るが、前者だけで目的を達してしまうことも考えられる。

 4 ホームページ上の法律相談
法律相談の現場で生起するさまざまの問題も、ある程度は種類別・状況別に整理することが可能であるから、整理できた範囲での情報キャッチボールでも有用である。
もちろん法律相談といっても相当広範囲に亘っているので、これら全部について実現するのは困難としても、ごく一般的な相談について採用するだけでも実用性は高い。たとえば、交通事故に始まって、離婚・相続、売買、賃貸借、債務整理など、当面、典型的な事案について実現するのである。
現に扶助協会ホームページで「事例集」として紹介している事例などについては、真っ先にこのようなことが可能であろうし、これらに準じた通常事例に属する相談は相当数に上っている筈である。
これらは、ある意味では、《ホームページ上での法律相談》の様相を呈するだろう。悩みについての概要的な解決の指針が与えられてしまえば、これ自体、ひとつの目的を達成しているものとも考えられる。

 5 通常相談との組み合わせも
もちろん、一定以上の詳細な問題については、途中で、個別相談に回されるなどということ、つまり個別相談との組み合わせなどがあってもよい。
更に、これらの結果、更に法的な手続・助力が必要であるとの概略的な指針が与えられる状況になった場合には、それに従った案内ないし対応が準備されるべきことになる。
たとえば、一応の問題整理された状況を踏まえて、後述するEメールなどを利用した個別のIT利用相談に進み、更に面談式の通常の相談や扶助申込などに進むことが考えられるのである。
世に法律相談ハンドブックの類や事例ごとの解説書の類が多数出回っているが、これらの書物も情報は一方通行でしかない。インターネットを使用することによって、双方向、情報のキャッチボールを可能にするのである。

 6 扶助協会が実現する意味
もう一度、これらを実現すべき理由を整理してみよう。
第1に、このような法律相談の利点は、扶助協会側に個別の対応が要らないことである。弁護士の待機も不要であるし、職員の待機すら必要ない。一度システムを作ってしまえば、いつでも、誰でも、どこからでも(国外在住の日本人でも)、二四時間利用が可能なのである。
第2に、このようなシステムの作成と維持管理には費用がかかるが、扶助協会は、経済的裏付けをもったリーガルサービス提供機関であり、その目的においても、経済力からも、このシステム構築にふさわしい団体であることである。従来、各地の弁護士会が細々と散発的に行っているインターネット法律相談を全国レベルで統括し、質的にも量的にも圧倒的に充実したシステムを完成させることは、扶助協会の役割であると考えられる。
第3に、IT技術は、このようなシステムを全国の協会支部が力を合わせて完成させるインフラを準備していることである。分担と統合がITの下できわめて容易であり、扶助協会がこれを束ねて実行する環境も整っているのである。
第4に、扶助協会がこれを実施するということは、法律相談と事件受任(裁判等援助)とをシームレスに行える可能性を示す。インターネット上の法律相談(悩みごと相談)が、実は事件としての実質を備えており、弁護士の助力が必要ないしふさわしい事案である場合に、そのまま裁判等の援助に手続進行させることが可能となる。これは、扶助利用の新しい可能性を示すものである。

 7 Eメールの登場
現在の法律扶助は、窓口への来所が前提になっているが、そのためには予約した特定の時間に、特定の場所まで移動しなければならないという制約がある。
しかし、IT技術を利用する場合には、このような場所的・時間的制約を乗り越えることに道を開く。前記のように、ホームページを使ってそれぞれの悩みについての相談を行ってしまう方法も、その1つの形態である。
但し、ホームページを利用した法律相談は、あらかじめ紛争種別・紛争状況・紛争のポイントなどの予想される一般的な類型毎に、ホームページの内容を作成しておくことにその特徴がある。したがって、これを利用する人は、事前に準備された最もふさわしい回答を発見するために次々にホームページの質問に答えていくことになる。
もちろん、多くの典型的な紛争にはこれでも相当程度の参考データを提供することが可能であろうが、個別性が高いのが法的紛争の特徴でもある。したがって、そのような個別事情に対応するためには、更にきめの細かい対応も求められる。
Eメールを使った法律相談・扶助利用は、まさにこの補完的な役割を果たすべきものである。前述の包括的・静的態勢との比較では、これらは、個別的・動的態勢に相当するものである。

 8 Eメールでの法律相談と扶助利用
相談者が、扶助協会のメール相談部署に悩みの内容を送信する。これに対して、扶助協会がこれを担当弁護士に回付することが出発点である。
これによって、的確な応答が可能であれば、それだけでも悩みが解決されてしまう場合もある。
弁護士や弁護士会、あるいは扶助協会の敷居が高いとの指摘は以前からあるが、Eメールは、夜中でも、休日でも、一切の時間の制約なく利用できる点に特徴がある。さらには、相談者が、弁護士のいるところに出向いたり、顔を見せたりする必要もなくなる。
これは、担当弁護士の側から見ても同様に利点である。
担当弁護士も、従来の面談相談のように、一定の時間に一定の場所に出向いたり待機したりする必要がなく、自由な時間帯に事務所や自宅、あるいは適宜な場所から回答を送信することが可能である。これを敷衍して、Eメール相談担当者は、特定の地区に限られる必要すらなく、全国の弁護士が全国を対象として活動可能である。これらは、法律相談の新しいスタイルを提供するものである。
もちろん、Eメール相談にもいくつかの問題点がある。
第1に、メールのキャッチボールをするとしても、細かい問題を含む事例、あるいは複雑な事例の相談にはなじまない点(この場合には、面談式で次々に質問していくのと同様なチャットなどという方法も必要になってしまい、Eメール相談の利点を生かせない)。
第2に、Eメール相談は個別の弁護士の作業を要するので、この経済的負担をどうするか(料金徴収)の問題がある。
第3に、Eメール相談と事件受任との関係をどう整備するのかという問題もある。
第4に、Eメールが残ることから、後日、誤った回答のトラブルのことも考えなければならない(残ることによって、トラブルの顕在化が促進され得る)。回答の改竄防止の問題もある。
しかし、第1の点については、もともと、Eメール相談をすべての相談に置き換える訳ではないので、Eメール相談にふさわしい事案に限って利用することにも意味があるし、それなりの大きな前進である。
また、第2の料金徴収の問題は、弁護士会の法律相談センターでは大きな問題であるが、リーガルサービスへの経済援助を大きな柱として扶助協会では大きな問題ではない。扶助協会が負担できるからである。
更に、第3のEメール相談で裁判(等)援助が必要と判断された場合には、これを事件審査のように位置づけた上、具体的な担当弁護士は別途、各支部に依頼して選任することで、事件援助との関係もスムーズになる。
第4のEメール回答の改竄防止は、協会を質問や回答を協会経由とさせることなどで解決可能であろう。
このように、Eメール相談は、扶助協会の全国組織性、経済支援性、弁護士会との緊密な協力関係がフルに生かせるシステムであり、弁護士会の法律相談センターでも容易に出来ないことを実現するものなのである。

 9 テレビ電話の利用
IT技術というと、インターネットのことが思い浮かぶが、実は、テレビ電話技術の発展にもすばらしいものがある。電話回線を使ったデータ転送速度の爆発的な向上は、テレビ電話をきわめて身近なものにしようとしているのである。
テレビ電話とは、要するに電話しながら顔が見えるというところにポイントがある。逆に言えば、顔が見えるという機能を付加しただけなのだが、これにどのような意味があるのだろうか。
日弁連の公設事務所・法律相談センターでは数年前にテレビ電話を使った法律相談の実験を何度か実施した。その結果、単なる電話の場合と違って、テレビ電話では、相談者と担当者間のラ・ポール(信頼関係=コミュニケーションの出発点)がそれなりに形成可能であることが分かった。
通常の面談式の法律相談のポイントは、同一場所に集合することにより、声(言葉)のやりとりが出来ること、相手の顔が見えることを実現しているが、テレビ電話では、声が聞こえ顔が見えることで、擬似的に場所の同一性を実現しているのである。
とすると、このテレビ電話を利用した援助相談や事件援助が考えられても良い。
この点での先進会である山口県弁護士会を見てみよう。同会は、規模の似たいくつもの支部に分かれているため、まず弁護士会(委員会)活動にテレビ電話を取り入れた。各会員は、自分の所属する支部施設に出かけていって、他の支部とつないだテレビ電話を使ってコミュニケートするのである。
同会ではこれを扶助審査などにも利用しようとしてきた。申込者に支部事務局まで出向いてもらうのではなく、テレビ電話を使って必要な審査を行うというものである。
テレビ電話技術の進歩は革命的であり、世代型携帯電話では、携帯電話でありながらテレビ電話機能を実現しようとしている。さらには、インターネット回線を利用した安価なテレビ電話も実現されようとしている。とすれば、扶助のスタイルも、これらの新しい技術を導入したものへと変化させていくことが、求められる対応であろう。
ホームページ上の法律相談で悩みと解決策の概略を知り、Eメールを使って必要な相談を行い、詳細についてはテレビ電話で更に補完し、援助審査、更に具体的な援助へと進む。必要な打ち合わせも、可能な限りEメールとテレビ電話で済ませてしまう。
もとより、このようなIT利用から遠い人々の存在も忘れてはならない。
要は、いくつもの選択肢を用意し、利用者の好みや条件に応じて柔軟に対応できるシステムを作っていくということである。
扶助協会は、これまで、リーガルサービスの分野で、地味で困難な仕事を続けてきた。しかし、現在は、これらに加えて、IT技術を国民レベルで利用しつくす新たな道づくりに貢献することも、その課題のひとつに挙げられるのではないかと考えている。

[四] IT利用を考えることは扶助事業を考えること
以上のように、IT利用を考える場合にも、実はふた通りの道順がある。
ひとつは、現在の事業展開を前提として、これらのどの部分をIT利用で簡略化できるか、あるいは置き換えられるかという発想方法である。
もうひとつは、目の前に用意されつつあるIT技術の進歩・機能を使って、これまでの扶助事業では実現できなかった、あるいは考えることも出来なかったようなサービスの提供を考えようという発想方法である。
もちろん、これらのどちらが良いということではない。むしろ、これらの二つの思考方法を組み合わせ、より高次元でのリーガルサービスの提供を工夫すべきであるということだろう。それは同時に、扶助事業自身を振り返り、見直すことを余儀なくするだろう。IT革命は、扶助事業にとって、自身の新たな可能性を見いだす絶好のチャンスでもあるのである。

[五] 組織内部でのIT利用
前述のとおり、すでに扶助協会の本部と全支部とは電話回線を通じて繋げられ、各種データ処理のオンライン化が実現している。これらは更に整備され、使いやすいものとされていくだろう。
前述の国民に対するIT利用サービスを実現するためのインフラとしても、このシステムは重要な役割を果たす。特にEメール相談を個別担当者へ配信したり、回答を転送したりするためにも使われることになる。
もうひとつ、扶助事業の現状や到達点、あるいは問題点の把握のための各種統計処理に、ITは活躍する筈である。従来、各種援助活動で、どのような種別の法律問題が、どのよう形で処理されてきたのか、それぞれの分野ごとに援助額はどの程度の金額に上るのか、あるいは解決までの所要時間はどれくらいだったのかなどの項目について、アンケート調査などを実施したりしたことがある。
しかし、今後は、最低限度の必要データをすべてデジタル処理してしまうことによって、必要な統計データを、いつでも瞬時に取り出せるようにすることが可能である。
もちろん個人情報保護との関係で配慮しなければならない点はあるが、扶助事業の遂行に必要なデータをデジタル処理するということは、同時にこれらにかかるデータの有効利用も可能であることを意味するのである。この点でも、欲張りと言われるほどの発想の転換が必要になってくるのかも知れない。                    

財団法人日本法律扶助協会設立50周年記念『日本の法律扶助・50年の歴史と課題』2002年1月24日発行所収