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ザ・法律教室・・シナリオ
 
 
 
 
 
 
1993年2月20日(土)上演
脚 本 若穂井   透
潤 色 市 川 清 文
演 出 鈴 木   守
 
 
《キャスト》
羽賀宏明(少年本人)・・羽賀宏明 大家付添人・・・・大家浩明
山村(友人)・・・・・・山村清治 牧子(母親)・・・鈴木牧子
福田(校長)・・・・・・福田光宏 村上(調査官)・・村上典子
山田(生活指導主任)・・山田次郎(榎本)   錦織(裁判官)・・錦織 明
石塚(担任)・・・・・・石塚英一 書記官・・・・・・植竹和弘
伊藤(刑事)・・・・・・伊藤安兼(門山)
《スタッフ》
照明・・・・・・・・・・大原明保 小道具・・・・・・田久保公規
同 ・・・・・・・高綱 剛
音楽・効果・・・・・・・高梨 徹
舞台監督・・・・・・・・市川清文 舞台助手・・・・・田中由美子
《企画広報担当者・・・・市川清文》
《第1場》
 幕がしまっている。
 客席、溶暗する。
 溶暗しながら雨の中をバイクが走る音。バイクは一二五CC程度の小型のもの。
 真っ暗な中を、バイクの音だけが支配する。
 と、急ブレーキと衝突音。
 バイクの音は止まってしまう。エンストを起こしたようだ。
 と、再びバイクがエンジンをかける音。ブルルン、ブルルンとかなり焦っている様子。エンジンがかかったバイクは一目散に走り去って行く。遠ざかるバイクの音。
 
 ややあって、突然、無線交信の声。はじめ雑音がザーザー。やがて、声になる。
「こちら県警本部、こちら県警本部、一二一号応答願います。こちら県警本部、一二一号応答願います。」
「こちら一二一号、県警本部どうぞ」
「千葉市中央区本町にてひき逃げ事件発生。直ちに現場に急行願います。どうぞ」
 
 
 
「了解、直ちに現場に急行します」
「現場は一二六号線、本町小学校前道路から、西に三〇〇メートル・・・・」
パトカ−がサイレンを大きく鳴らして走りはじめる。サイレンの音、次第に遠ざかって行く。
 
《音楽・・重苦しい音楽》
 
山村(声のみ。マイクを通じての声。テープを流してもよい。ゆっくりと)
 二カ月後には高校卒業だという正月早々、ぼくの同級生である羽賀宏明君が、バイクで人を撥ね、死亡させるという事件を起こしてしまいました。
《いつのまにか幕があがっている。舞台下手に留置場。上手に校長室。留置場だけが、ゆっくりと青く、溶明。但、あくまでも中位の明るさとする。留置場には羽賀宏明がひざを抱いてうずくまっている。校長室は真っ暗で、まだひとはいない》
(山村の声) 被害者はおばあさんで、ほとんど即死でした。
 しかも、羽賀君は、学校にバレルのをおそれて、その場から逃げてしまったのです。いわゆる、ひき逃げです。
 しかし、もちろんそのままで済むわけはありません。現場に落ちていた塗料などから、羽賀君が轢いたことはすぐに分かってしまいました。
 逃げたことが悪いということは、ぼくたちにも分かります。
 でも、ぼくたちの学校は、バイクに乗ることが全面的に禁止されているので、見つかったら、すぐに退学になってしまうのです。
 どんなに事故の責任が軽くても、あるいは全く責任が無かったとしても、バイクに乗っていたことがバレただけで退学です。
 ですから、助けなきゃ、とか、人を呼ばなきゃとか思っても、退学のことを考えて逃げてしまった羽賀君の気持ちが、ぼくにもよく分かります。
 
《留置場溶暗。その後、音楽次第に遠ざかる。溶暗とともに羽賀は退場》
 
 
 
 
 
《第二場》
《舞台上手の照明が全開する。
 校長室(京成高校)。
 校長の大きな机と、その前にソファーセットが置いてある。校長が机の向こうの自分の椅子に座り、生活指導と担任がソファーの回りに立っている。
壁には大きく、
『声かけて 徹底しよう 三無い運動』の標語と、
『暴走の 芽をつみとろう 愛のムチ』の標語がかかげられている。》
 
校長福田(手にした新聞を指さしながら)
君たちこれは一体どういうことだね。こともあろうにだよ、わが京成高校の生徒が交通事故を起こした。それだけでも大変な問題だというのに、被害者は死亡、しかもひき逃げとはどういうことなんだ。全く、わが校の恥じさらしだ。
 ここを読んでみたまえ、バイクは自分のものだというじゃないか、バイクを買わない、バイクに乗らない、もちろん免許もとらないという三無い運動は、一体、どうしたんだね。
生活指導山田(卑屈に)
誠に申し訳けございません。我が校の三無い運動は千葉県の中でも徹底していることでよく知られています。お陰で、一時のような暴走族は減りましたし、非行も減っています。生活指導主任としては、この運動は大成功していると思っていたんですが・・・・。
校 長   朝からマスコミがやってきてうるさくてかなわんのだよ。『三無い運動はどうなっ
ているんですか』とな。一体、休み中の生活指導はどうなっていたのかね。
本当に困った。
生活指導 (弁解がましく)
はあ、万全を尽していたつもりなのですが・・・。
校 長  つもりじゃあ困るよ。つもりじゃ。
生活指導(担任を非難するように)石塚先生の担任としての生活指導が日頃から甘いんですよ。
 
 
 
校 長  無免許ではなかったようですな。
生活指導 (悔しそうに)
はい、免許をとらないという三ない運動には力を入れていたのですが・・・。しかし免許年齢に達すれば、本人がこっそり取ることまでは如何ともしがたいものでして・・・。
(担任に向かって咎めるように)石塚先生、気がつかなかったんですか。
担任石塚 はい、家庭訪問をしていればよかったのですが・・・。
羽賀君は、お母さんの了解を得て、免許をとっていたんです。お父さんが事故で働けなくなり、家計を助けるためにアルバイトを始めました。そのアルバイトに必要だということで、中古のバイクを買ったというのです。確かに校則には違反していますが・・・。
生活指導 (ここぞとばかり)
家庭訪問は全くしていなかったんですか。
アルバイトをすること自体、校則違反ですよ。一体、どういう家庭なんでしょうかね。校則に違反して免許をとらせた。校則に違反してバイクを買ってやった。校則に違反してアルバイトまでさせた。全く、呆れた話ですな。
当然、家にはオ−トバイがあったんでしょ。家庭訪問をすれば分かることです。
担 任  進路指導で忙しかったものですから。
生活指導(毅然と)
石塚先生、校則は絶対です。どんなことがあっても生徒には守らせる。忙しいなんて通用しませんよ。それに、校則が崩れてしまったら、生徒の生活が乱れてしまうことは石塚先生も、よくご承知の筈でしょう。
(校長に向かって)校長先生、ここは退学処分しかありません。このままでは示しがつきませんから。
担 任  山田先生、ちょっと待って下さい。羽賀君は既に進学が内定しています。警察に聞き
ましたが、この事故は、被害者にも過失があったようじゃないですか。校則違反は問題ですが、必ずしも杓子定規に判断すべきではないと思うんです。
生活指導 だから甘いというんです。羽賀には厳しい指導が必要なんです。人一人死なせてるん
 
 
ですよ、石塚先生。しかもひき逃げだ。校則に違反しただけでなく、人倫にも悖る行為だ。退学しかありません。一体、何のための校則ですか。他の生徒にどう説明する気ですか。
担 任  しかし・・・
生活指導 ともかくここは生活指導部に任せて下さい。
校 長  (恩着せがましく)石塚先生、自主退学ということでどうですか。
(山田に目くばせしながら)
山田先生の意見ももっともだが、確かに羽賀君の場合、暴走をしたなどという最悪のケースということではないようでもあります。まあ自主退学ということで、どこか他所の高校に転校してもらう。それが教育的配慮ということじゃあないですか。それでよければ、その方向で職員会議にも諮ろうと思いますが。
生活指導 (石塚を説得するように)
校長先生がそうおっしゃっているんですから、ねえ石塚先生。
担 任 はあ・・・(口ごもる)
《校長と生活指導は、無言で顔を見合わせる。溶暗》
 
 
《第三場》
 警察の取調べ室。
 舞台下手の留置場のあった場所の手前に、取り調べ用の小さな机。これを挟んで下手に羽賀、上手に刑事が座っている。
 下手の取調室のみ溶明。
 
刑事伊藤(語気鋭く)名前は。
少年羽賀(脅えたように小さく)羽賀、宏明です。
刑 事 年令一八才、京成高校三年、そうだな。
少 年 はい。
刑 事  事故現場は自宅近くの路上、事故発生は午前〇時三〇分ころ、被害者は宮沢ハナ、八
 
 
七才、初詣でに行くため道路を横断していた。間違いないな。
少 年 初詣でのことは後から聞きました。
刑 事 オ−トバイの免許は半年前に取ったばかり。
少 年 はい。
刑 事 アルバイトの帰りの事故ということだな。
少 年 はい。
刑 事 学校じゃあバイクもアルバイトもどっちも禁止じゃあないのか。
少 年 すいません。
刑 事(厭味たっぷりに)ル−ルは守らんとな。
少 年 はい。
刑 事(誘導するように)スピ−ド、出しすぎていたんだろ。
少 年 早く家に帰ろうと思って。寒くて、それで・・。
刑 事 前もよく見ていなかった、そうなるな。
少 年 いいえ。
刑 事  (怒鳴りつける)ふざけるな! ちゃんと前見て運転してたらな、事故が起きるわきぁ
ないだろ。居眠りでもしてたんじゃないのか、ええおい!
少 年 してません。
刑 事 (絡むように)ほ−、それじゃあどうして逃げたんだ、う−ん。
(決めつけるように)やましいことがあったからだろ。ここじゃあなあ、いいか、下手な嘘は通用しないぞ。
少 年(泣きそうな声で)暗くて見えなかったんです。
刑 事 ライトはどうしたんだ。ライトがあっただろうが。
少 年 坂道を登るときに下向きにして・・・。
刑 事 登れば降りるだろう。どうして上向きに戻さなかったんだ
少 年 小雨が降って、路面が少し濡れていて見にくかったんです。ライトが路面に反射して・・
・・。
刑 事 そんなことは弁解にならん。見にくいときは見にくいなりの運転方法というものがある
だろうが。
 
 
 
要するに前方不注意と速度違反、そういうことだ。そうだな。
少 年(不安げに)これからどうなるんでしょうか。
刑 事(吐きすてるように)ひき逃げの死亡事故だ、少年院に決まってるだろ。
少 年(泣く)
 
《溶暗》
 
《真っ暗な中、冒頭と同じ重苦しい音楽。
 友人山村の声が、マイクを通じて聞こえて来る。テープを流してもよい。この間に、下手留置場の背景は少年鑑別所の面会室の背景に変わり(机と椅子は変わらず)、少年鑑別所の立て看板が最下手、客席寄りに立てられる。
山 村  羽賀君が事故を起こして捕まったということは、学校中にあっと言う間に広がりまし
た。もちろんバイクを運転したことやアルバイトをしたことについて、批判的な生徒もいましたが、多くの生徒は、校則が厳しすぎることが、今回の事件につながったのではないかという意見をもっています。バイクについての三無い運動がなければ、退学などということがなければ、羽賀君は、ひき逃げなどしないで済んだのではないかと、みんなが考え始めました。そして、服装から髪の毛のスタイルなど、生徒の生活をがんじがらめにする校則が、結局は、生徒の成長にとってもマイナスになっているんではないか、という意見も出始めました。
 
《鑑別所の机上手寄りの椅子に羽賀がすわっている。下手寄りの椅子にはだれも座っていない。羽賀の姿が、ぼんやりと照明に照らし出される。羽賀は沈黙》
 
それと、今回の事件では、被害者にも色々と落ち度があったことが分かって来ました。八七才という高齢で、注意力が衰えていたようで、道路へも安全を確認しないで飛び出したらしいこと。しかも黒っぽい服を着ていたため、仮に羽賀君が、前をよく見ていたとしても発見が難しかったこと、などです。
今、学校では、この事件をきっかけに校則を見直す運動が始まりました。校則は厳し
 
 
すぎる、形式的すぎる、生徒の自主性を殺してしまう。違反者に対しても、機械的な処分はおかしい。羽賀君に対し、退学処分をしないでほしい・・・・。
先生方も、これまでとは違って、ぼくたちの意見に真剣に耳を貸してくれるようになりました。
もうひとつ。生徒たちが一緒になって、羽賀君の嘆願署名運動を始めました。羽賀君の家は経済的に苦しいので、ぼくたちがカンパを集めて弁護士さんに弁護を依頼する運動も始めました。被害者にも問題があったことは、この弁護士さんの調査で分かって来たことです。
 
《音楽遠ざかる》
 
《第四場》
 
《 下手の少年鑑別所の面会室が溶明すると、机を挟んで羽賀の反対側下手側に、いつの間にか付添人の弁護士が座っている。》
 
大家弁護士 やあ、元気かい。
(羽賀はうなづくが、元気が無い)
少しは眠れるようになったかな。山村君たちは君のために学校で嘆願署名やカンパを集めているそうだよ。君も元気ださなきゃ。
少 年 どうせ少年院なんだから、もういいです。
弁護士 おいおい、諦めるのは早いよ。
少 年 でも警察でそう言われましたし・・・。ひき逃げの死亡事故だからって。
弁護士 君の処分を決めるのは警察じゃあない。いいかい、これから家庭裁判所の手続きが始ま
るけど、二つのことをよく頭に入れておいて欲しい。
第一に、まず事実をはっきりさせることが重要だ。君の供述調書を読ませてもらったけど、どうもはっきりしない。事故の原因があいまいなんだ。今、そのことで色々と調べている。
 
 
 
それと第二に、この手続きは君を罰するためのものじゃあない。いいかい。刑事処分とは違うんだ。君が立ち直るにはどうしたらいいか、それを親や学校なども交えて一緒に考えることが目的なんだ。もちろんその中心は君だから、君が自分の問題として考える必要がある。いいね
少 年 家に帰ることもできるんですか
弁護士 君が十分に反省していることが裁判官にわかってもらえれば、可能性はないわけじゃあ
ない。
少 年 本当ですか。
弁護士 それと被害者との示談とか、学校の協力とか、いろいろむずかしい問題もあるから楽観
はできないけど、努力してみる価値は十分あるよ。だから君も諦めないんだ。
少 年 はい。
弁護士 ようし、その調子だ。まずアルバイトのことだけど、いつもあんなに帰りが遅いの。
少 年 いつもは八時に終わるんだけど、遅番の人が風邪ひいて休んでて、それで一二時まで残
業してくれって言われて。
弁護士 アルバイトするようになったのは、お父さんが働けなくなったからだってね。
少 年 はい。親父が怪我で入院して、ウチの生活が大変になっちゃったんです。それで、お袋
に言って今のところでアルバイトするようになったんです。
弁護士 親孝行なんだな、いいとこあるじゃないか。自宅からアルバイト先までは近いの。
少 年 一四、五キロかな。
弁護士 けっこうあるね。寒い中たいへんだろう。
少 年 早く帰って寝ようと思って、それでついスピ−ドを出してしまって・・・。
弁護士 時速七〇キロ、ヘッドライトは下向きだったね。
少 年 そうです。
弁護士 ヘッドライトが上向きだとどれくらい先まで届く。
少 年 一〇〇メ−タ−ぐらいかな。
弁護士 下向きだと。
少 年 一二、三メ−タ−かな。
弁護士 (記録を読む)ヘッドライトを下向きにしたのは小雨で路面が濡れていたので、上向き
 
 
だとライトが反射して見にくかったため、となっているけど、下向きだと光が遠くまで届かない。だからスピ−ドを落とすべきだったね。
少 年 はい。
弁護士 実況見分調書によると、現場付近には街灯もなく真っ暗だったようだけど、被害者には
全く気付かなかったんだね
少 年 ライトの光りが当たったときには・・・、もう避けようがなかったんです。
弁護士 被害者はどんな服装だったか覚えてるかな。
少 年 よく覚えていないけど、黒っぽかったような・・・。
弁護士 そう。被害者は黒い着物に黒いショ−ルをかぶっていたらしい。近くの神社まで、初詣
でに行く途中で、道路を横断しようとしていたようだ。七六才の妹さんと二人暮らしで、耳ももう遠かったそうだ。
少 年 そうだったんですか
弁護士 被害者の飛び出し事故の可能性が高い。警察も、ある程度は認めているよ。
少 年 はい。
弁護士  しかし人の命が失われたことに変わりはない。被害者に落ち度があったとしても、君
の過失は過失だ。そのことを忘れてはいけないよ
少 年 分かっています。ひき逃げしたことで、しばらくは毎晩眠れませんでした。(恐ろしそ
うに)今でも、事故のことを思い出すだけで体が硬直してしまうようになるんです。
弁護士 うん。
それはそうと、示談はなんとかまとまりそうだよ。
被害者のご遺族が理解を示してくれているので、自賠責保険からの支払いで、被害弁償の方は済む。しかし保険金だけというのも加害者としての誠意の点で問題だ。君のご両親を交えて遺族と話し合った結果、保険金の他に、見舞い金一〇〇万円を遺族に支払うことで示談がまとまりそうなんだ。
少 年 お袋、俺のためにたいへんだな。
弁護士 社会に復帰できたら、働いて返すんだろう。
少 年 はい、もちろん、そうします。
でも、学校の方は、大丈夫でしょうか。やっぱり、退学になってしまうんでしょうか。
 
 
 
弁護士 う−ん、校長先生はかなりきびしいな。
でも、今、山村君たちが校則の見直し運動を始めた。君の事故がきっかけだ。私も先生方とは何度も話し合って来た。校則が厳しすぎることや、生徒の自主性を縛り付けていること、君が逃げてしまったのも校則が全く関係なかったわけでは無かったこと。簡単に退学にしてしまうのはおかしいってね。
担任は脈がありそうだし、生活指導主任も段々軟化して来ている。そんな心配そうな顔するな。
それより調査官との面接はどうだった。
少 年 短期何んとかって言っていたけど、何ですか。
弁護士 交通短期少年院か。暴走族とか重大な交通事故を起した少年を収容して教育する施設な
んだ。
少 年 それじゃあやっぱり少年院ですか。
弁護士 いや、まだ保護観察の線が消えたわけじゃあない。
少 年 保護観察って。
弁護士 親元に戻して、保護司の監督下でやり直す方法だよ。比較的責任が軽かったり、更生の
環境がしっかりしている場合には、何も少年院に入れて拘束する必要は無いんだ。その方が少年の更生にとってふさわしい場合はいくらでもある。
君の場合には、高校を卒業できる見込みがあれば、保護観察の可能性が高くなるんだ。
少 年 どうしてですか。
弁護士 卒業できるということは、つまり学校が君をふたたび迎え入れるということだし、きち
んと卒業して、社会人として責任ある行動をとる中で、独り立ちすることが期待できるからね。しかし、退学ということになると、更生のための受け皿として、しかるべき施設へ、ということにならないとも限らない。
少 年 そうですか。
弁護士 とにかく退学処分をさせないように学校と折衝し、学校に戻ることを条件に保護観察処
分とする方向で家庭裁判所の調査官と話し合っているんだ。
そのためには、学校に戻っても、肝心の勉強の方で落第じゃ、だめだ。ちゃんと期末試験の準備をしろよ。
 
 
 
少 年 俺、勉強あんまり得意じゃないから。
弁護士 家に帰りたくないならかまわんよ。
少 年 やりますよ。やればいいんでしょ、もう。
弁護士 そういうこと、ははは。
(急に真顔になって、ゆっくりと、噛んで含めるように)ここが、君の一生を左右する大事なときだ。しっかり勉強もするし、今回のこともしっかりと考えなくっちゃいけない。何が問題だったのか。どうすればよかったと思っているのか。亡くなった人に対してはどう考えているのか。今後の人生をどう歩んで行こうとしているのか。
いいかい。前の宿題の続きだ。このことを、しっかり考えるんだよ。考えがまとまったら、私宛に手紙を出しなさい。いいね、分かったね。
少 年(しっかりとうなずく)
《舞台、ゆっくりと溶暗》
 
《第五場》
 
《舞台真っ暗。ホリゾントだけが青く明るくなる。
上手は校長室のセットのままだが、そのセットの客席寄り、舞台中央に簡単な祭壇。ハナの位牌が置かれている。羽賀の母親牧子が座布団の上に正座して祭壇に手を合わせている。被害者・宮沢ハナの家という設定である。
スポットが、牧子を照らし出す。牧子は、嘆願書のことで宮沢家を訪れたのである。
牧子は、鐘をチーンと鳴らして、再び手を合わせてから、向きを変え、客席の方に向き直る。》
牧 子 (被害者の妹テルに話しかけている、という設定で)
そうですか、宏明からそんな手紙がきましたか。あの子も、今度のことは本当に悔やんでいるようです。主人が大怪我をして働けなくなってしまったものですから、私も、あの子がアルバイトをしたいといいだしたとき、安易に許可してしまったのがいけなかったんです。ハナさんには、本当に申し訳無いことをしたと思っています。
(被害者の妹が何か言ったらしく、これに答えた格好。頭を下げながら)
 
 
 
そう言っていただくと、少しは心が軽くなる気がします。
これでこれからはテルさんお一人になってしまいますねえ。お寂しくなってしまいますわ。こんなことさえ無ければ、いつまでもお二人仲よく暮らせましたのにねえ。
(被害者の妹が何か言ったらしく、これに答えた格好。頭を下げながら)
ありがとうございます。
示談していただいた上に、嘆願書までいただくなんて、本当に申し訳ございません。
被害者の方からの嘆願書には、家庭裁判所でも重きを置くんだということを聞いたもんですから、ご無理ばかりお願いして・・・。
やっぱり親ばかなんですね。人様につらい思いをさせてしまった子でもやっぱり我が子で、なんとか助かる道はないか、なんてね。ハナさんやテルさんのこと考えたら、こんなことお願いできる筋じゃ無いんですけど・・・(泣きながら)。
本当にありがとうございます。
(嗚咽の声)
《牧子は、頭を畳みに擦りつける格好。ややあって、溶暗》
 
《音楽が始まる。舞台真っ暗。下手の少年鑑別所の背景が変わり、調査官室へ。机と椅子はそのまま。》
真っ暗な中で、山村少年の声。
山 村  さて、こうして事件から二週間が立ちました。羽賀君の処分を軽くしてもらうための嘆願署名は既に三〇〇名分以上が集まりました。退学させないようにという学校への要望も、校則の見直し問題と一緒に、盛り上がりつつあります。
羽賀君から学校に手紙が送られてきたそうです。その手紙に書かれた反省の言葉を、校長先生が読んでくれました。
これほどまでに先生と生徒が話し合いをしたことは、これまで無かったことです。
僕たちのこんな署名が一体、審判の役に立つものかどうか分かりませんが、じっとしていられません。家庭裁判所には調査官という専門家がいて、裁判官は調査官の調査結果を参考にして処分を決めるんだそうですが、「きっと、調査官も裁判官も、君たちみんなの気持ちを分かってくれるよ」と、弁護士さんは言って下さっています。
 
 
 
《音楽遠ざかる》
 
《第六場》
 
《下手に調査官室。調査官室のみが照明全開。
話し合う弁護士と調査官。》
 
調査官村上(慇懃無礼な態度で)学校の受け入れ態勢はいかがですか。
弁護士 はあ、交渉中ですが、なんとかなると思います。
調査官 そうですかあ。校長先生のガ−ドはかなり堅いって聞いてますけどねえ。まあ私の聞き
違いかも知れませんが・・・。
弁護士 ええ、まあ・・・。
調査官 成績はあまりよくないし、期末試験も危ないんじゃ無いでしょうか。保護観察になって
も落第して留年では困りますからねえ。
弁護士 今、鑑別所で一生懸命に勉強しているところです。
調査官 そこはひとつ頑張ってもらわないとね。ところで示談はどうなっていますか。
弁護士 なんとかまとまりそうです。
調査官 いえ、私が伺いたいのは、審判までに間に合うのかということなんです。保護観察で安
心して示談をおろそかにする少年が少なくないものですから・・・。
弁護士 私を信用できないとおっしゃるのですか。
調査官 先生の場合にはそんなことはないと思いますが、まあけじめをつけさせるということで
す。なんといってもひき逃げによる死亡事故ですから、これは重大ですよ。
それに、いくら少年事件といっても、やはり被害者の被害感情というものを全く無視することはできません。被害者を心配する気持ちをもつことができるかどうかは、少年の更生にも関係してくると思っています。
弁護士 それは否定しませんが、しかし本件の場合、飛び出し事故の可能性が高いと思っていま
す。つまり、被害者側に過失があったことも、少年に対する処分において考慮されるべきだと思います。
 
 
 
調査官 そういう面もあったようですが、しかし断定することはできません。
弁護士 ここに私の事故原因に関する意見書がありますので、後でお読み下さい。
調査官 はい。後ほど読ませて戴きます。
しかしそれにしても、ひき逃げはひどいですね。遵法精神に欠けているだけでなく、命に対する思いやりの点で、重大な問題があります。
弁護士 そうかも知れませんが、しかしバイクの三無い運動がその背景にあると、私は考えてい
ます。少年は事故が発覚して学校に知られ、校則違反として退学処分になることを恐れて、それで逃げたんです。
それは人間として卑怯な態度ですが、遵法精神の欠如とはレベルが違う話ではないかと私は思います。少年はまだ成長途上の未完成の人格です。それをそこまで追い込んでしまった学校側の対応にも問題があったと思います。
調査官 そうでしょうか。
まあそれはそれとして、親も子どもに少し甘すぎませんか。
弁護士 どういうことですか。
調査官 少年の父親が怪我で入院した。家計が苦しいからアルバイトをする。そのためにはバイ
クが必要だ、だから免許をとる。
いずれも学校で禁止されていることです。仮にアルバイトがどうしても必要だとしても、バイクに乗らなくてもよいアルバイトは他にもあるでしょうし、真夜中まで残業させるような場所で働かせることも、安易でしょう。
弁護士 その点は親も反省しているようです。先日も、被害者宅へお線香を上げに行った際に、
そのことを話して遺族に詫びて来たそうです。
調査官。今回の件で、少年の親御さんも随分といろいろなことを学んでいます。もっともっと話し合うことのできる家庭であるべきだった、もっと何でも相談しあえれば良かったと、面会の度に何度も話し合っています。そのことで、少年もどんどん心を開いて来ています。
調査官 どうですかねえ。表面的にはそう見えますが、喉元すぎれば熱さ忘れるっていうことも
心配なんですよ。本当に自力更生が可能かどうか。
弁護士(開き直ったように)調査官はどうしても少年院に送りたいんですか。
 
 
 
調査官 (ちょっと慌てて)いえ、そういうわけではありませんよ。少年や家族の問題点を申し
上げているだけです。
弁護士 (ここぞとばかり)保護観察という調査官意見も十分あり得る。
調査官 う−ん、まあ学校次第ですけどね・・・。
弁護士 (軽く頭を下げて)ありがとうございます。
調査官 それじゃあともかく学校との調整をお願いします。
《舞台、溶暗》
 
《第七場》
 
《舞台上手の校長室の照明が全開となる。
校長室で話し合う弁護士と校長・生活指導教諭・担任教諭。四人がソファーに座っている。》
 
弁護士  お忙しい中どうも。
校 長  羽賀君は元気ですか。
弁護士  ええ、なんとか卒業したいと鑑別所で猛勉強しています。
校 長  (生活指導教諭と顔を見合わせて、意外そうに)少年院と聞いていますが・・・。
弁護士  いいえ、まだ結論は出ていません。
生活指導 あさってですよね、審判は。
弁護士  そうです。
生活指導 そこで結論が・・・。
弁護士  ええ。
校 長  少年院へ行かないこともあり得るんですか。
弁護士  (打ち消すように)実は調査官とも話し合っているんですが、保護観察でどうかと。
今日伺ったのも、そのためです。
担 任  保護観察になるのですか。
弁護士  学校次第で、というところでしょうか。
担 任  どういうことでしょう。
 
 
 
弁護士  保護観察になれば羽賀君は家族のもとに帰ります。当然この学校にも戻るわけです。
ですから、学校が羽賀君の更生の場ということになるわけです。その環境が整っているかどうかが、決め手のひとつになるんです。(みんなうなずく)
生活指導 本当は、自主退学してもらうということで、考えていたんですが・・。
弁護士  石塚先生を通じてそのお話しは伺いましたが、お断りしています。
(書類を校長に渡しながら)これは審判に提出する予定の私の意見書です。コピーがありますので、先生方も、後でぜひ目を通して下さい。
校 長 (意見書をぱらぱらめくりながら目を通している)う−ん。
弁護士  学校の教育的ご配慮とご協力をいただいて、羽賀君を保護観察にし、社会内更生させ
るべきであるというものです。
どうでしょう、羽賀君はすでに十分な制裁を受け、深く反省しています。退学処分で追い討ちをかける必要はないと思いますが・・・。むしろ学校としては家庭裁判所が保護観察で立ち直らせようとしている少年に対して、協力し援助するべきではないでしょうか。裁判所もそれを期待していると思います。
担 任  校長先生、よろしくお願いします。
校 長 (腕組みしたまま、天を仰ぐ)
弁護士 (決断を促すように)校長先生。
校 長  おっしゃることはわかりました。
私も校則違反だからといって、杓子定規に退学処分にすることには、必ずしも賛成ではありません。
ははは。羽賀君のお陰で、我が校は今、校則の見直し運動が始まっていましてね。いや、私もこの年になって、色々考えさせられています。
弁護士  そうですか。
校 長  ただこれはあくまで仮定の議論です。学校が退学処分にしないからといって、果して
家庭裁判所が保護観察の処分としてくれるのかどうか、私共にはわかりません。従って家庭裁判所の結論を見極めたうえで、私共としての結論を出したいと思います。
弁護士  直接確かめられてはどうですか。
校 長  どうやって。
 
 
 
弁護士  あさっての審判に出席してください。
校 長  そんなことができるのですか。
弁護士  もちろんです。私から家庭裁判所に連絡しておきますよ。
校 長  (半信半疑で)何か聞かれたり、発言できるのですか。
弁護士  ええ。
校 長  (しばらく考えた末)山田先生、行ってもらえますか。
生活指導 はあ。
担 任  私もご一緒します。
校 長 (うなずく)職員会議には、私から了承を求めるよ。
弁護士 (大きく頷きながら立ち上がる)明後日の午後一時です。それじゃあ、よろしくお願い
します。
先生三人(立ち上がりながら)御苦労様でした。
《四人が頭を下げ、別れの挨拶をしあっている内に、溶暗》
 
《真っ暗な中で、音楽。山村少年の声がマイクから聞こえる。
この間に舞台転換。審判廷を作る。》
 
山 村  こうしていよいよ審判の日がやってきました。ぼくたちの署名の数は四〇〇近くに増
え、弁護士さんを通じて裁判所に提出していただくことになっています。
一方、学校の方では、校則について、見直しすることを先生方が約束してくれました。しかし、こちらの方はまだまだ始まったばかりです。ただ、今、学校は、前と比べて明るくなってきたなあという気がしています。ぜひ、羽賀君にも学校へ戻ってもらい、一緒に卒業したいと思っています。
《音楽、遠ざかる》
 
《第八場》 家庭裁判所の審判廷
 
《大きな会議机の正面に裁判官、その左右に書記官と調査官、裁判官に向かって少年と母親、調
 
 
査官に並ぶように付添人の机が配置され、それぞれが座る。
生活指導・担任教諭は控室で待っているため、ここにはいない。》
 
裁判官  これから審判を始めます。私は裁判官の桑田です。
羽賀宏明君とお母さんですね。
少年・母親 はい。
裁判官  宏明君が家庭裁判所で審判を受けることになった事実ですが、これから書記官に読ん
でもらいます。後で質問しますから、よく聞いていて下さい。
書記官 (読み上げる)
犯 罪 事 実
 少年は、自動二輪車運転の業務に従事するものであるが、
第一 平成五年一月一三日午前〇時三〇分頃、自動二輪車を運転して、千葉市中央区本町三丁目
方面から矢作町方面へ向け、時速約七〇キロメートルで進行中、進行道路には街灯が無かった上、道路が雨上がりで反射し、障害物等が見にくい状況であったのであるから、速度を落として前方を注視し、障害物を発見次第直ちにこれを回避できるように運転する業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然、そのままの速度で運転を継続した過失により、折から右道路を進行方向右側から左側へ横断しようとしていた宮沢ハナ(当八七年)を直前で発見し、同人との衝突を回避するため急制動して右に転把しようとしたが間に合わず、同人に自車前部を衝突させて同所に転倒させ、よって、同人をして頭部打撲による脳挫傷により、そのころ同所にて死亡せしめた
第二 前日時・場所において、同記載のとおり自車を宮沢ハナに衝突させ、同人を死傷せしめる
交通事故を起こしたのに、直ちに車両の運転を停止して負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず、かつ、その事故発生の日時・場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。 』
 
裁判官  わかりましたか。
少 年  はい。
 
 
 
裁判官  それでは質問しますが、その前に君には黙秘権があります。質問に対して答えたくな
ければ黙っていることができるし、そのことで不利益を受けることはありません。いいですね。
少 年 (蚊の泣くような声で)はい。
裁判官 (優しく)緊張しているようだね。深呼吸してみよう。
少年・裁判官(座ったまま深呼吸する)
裁判官  ここは家庭裁判所です。警察の取調べではありませんから怖がる必要はありません。
お母さんもそばにいるし、付添人の弁護士さんもいらっしゃるんですからね。
少 年  (少し元気に)わかりました。
裁判官  それでは質問しますが、ひき逃げ事故を起した事実は間違いないのですか。
少 年  はい。
裁判官  どうすればこの事故を避けられたと思いますか。
少 年  (やや考えてから)スピ−ドをもっと落として走るべきでした。
裁判官  どうしてですか。
少 年  (また少し考えてから)ヘッドライトを下向きにしていたからです。
裁判官  どうして下向きに。
少 年  路面が雨で濡れて、ライトが反射して、見にくくて、それで。
裁判官  安全運転のためですね。
少 年  ええ、まあ・・・。
裁判官  下向きだと近くがよく見えますね。
少 年  はい。
裁判官  逆に遠くはどうですか。
少 年  ライトがとどかないので・・・。
裁判官  そうすると先のほうは真っ暗闇になりますね。
少 年  ええ。
裁判官  この付近は街灯もなかったようだ。
少 年  はい。
裁判官  君はもちろん前を見ていたのですね。
 
 
 
少 年  はい。
裁判官  しかし前方は暗闇で見えない。そうでしたね。
少 年  はい。
裁判官  そうすると、目をつぶって走っているようなものですね。
少 年  (黙ったままうなづく)
裁判官  (少年を励ますように)それで君はもっとスピ−ドを落として走ればよかったと反省
したというわけですね。
少 年 (うなづく)
裁判官  アルバイトで疲れていたし、寒さで早く帰りたい気持ちはわかるけれど、それが交通
ル−ルですね。
少 年  はい。
裁判官  ところで、被害者が、突然飛び出したというようなことはあったのですか。
少 年  はい、気がついたら、目の前に、突然、ハナさんがいたという感じで、飛び出したと
いうよりも、目の前に涌いて出たような、・・・(事故のことを思い出したか、恐ろしそうな感じで)。
裁判官  そうですか。被害者は、黒っぽい着物を着ていたようですが、君としては、目の前に
来るまでは全く気がつかなかったということなのですね。
少 年  (うなずく)
裁判官  飛び出したのかどうかははっきりしないが、いずれにしても、スピードの割りには発
見が遅れてしまったのですね。
少 年  はい。
裁判官  (ゆっくりと、少年を見つめるようにしながら)・・・事故の後どうして逃げたので
すか。
少 年 (泣き声で)申し訳ありません!
裁判官  うん、済まないと思っているわけですね。どうして逃げてしまったのか、その後、冷
静に振り返ってみましたか。
少 年  死んでしまったと思って・・・・(そのまま声にならない)。
裁判官  被害者はその場に倒れてしまったようですが、どんな様子だったか覚えていますか。
 
 
 
少 年  死んだように動かなくなって、・・・・後は無我夢中で・・・。
裁判官  君がぶつけて怪我をさせてしまった人ですよね。助けなければならないとは思いませ
んでしたか。
少 年  助けなければと思ってそばに寄って見ましたが・・。頭から血を流して、ぴくりとも
しないで・・・。死んでしまったようだったんです。死んでしまった、死んでしまった、大変なことになってしまった・・・そう考えたら・・・・・・(頭を抱え込んで、興奮状態)。
裁判官  警察に届けたり、救急車を呼んだりする必要があることは分かっていましたか。
少 年  (ややあって)・・・・分かっていました。死んでしまったので、警察に届けなきゃ
と思いましたが、すぐに校則違反のことが頭に浮かんで、こんなことが分かったら退学になっちゃうと思ったら、気が動転して来て・・・。
裁判官  校則違反のバイク運転のことで退学になってしまうと考えた、それで逃げてしまった
というのですね。
そのまま逃げ切れると思いましたか。
少 年  いいえ。毎日、いつ捕まるかとびくびくしながら・・・。ハナさんが血を流して倒れ
ている姿が頭に浮かんで、毎日眠れませんでした。
裁判官  お母さんに相談しようとは思わなかった。
少 年  心配させたくなくて・・・。相談したほうがいいか、そのことも毎日悩んでいました。裁判官  学校の先生には相談できなかったのかな。
少 年  石塚先生には相談しようと思いました。
裁判官  担任の先生ですね。
少 年  はい。
裁判官  でも相談できなかったのはどうしてですか。
少 年  校則違反だから・・・。
裁判官  校則違反で退学になるのが怖かったからなのですね。
少 年  はい。
裁判官  高等専門学校への進学が内定しているようですね。
少 年  そうです。
 
 
 
裁判官  将来どんな道に進むのですか。
少 年  自動車整備士です。
裁判官  クルマが好きですか。
少 年  はい。
裁判官  (推理でもするように)君は、退学になってしまうことを恐れて、被害者をその場に
放置し、救急車も呼ばずに警察へも連絡しないでその場から逃げ出してしまった。
自分の生活と将来を守りたいという気持ちはよく分かりますが、どうですか、被害者の方の立場、ご遺族の立場に立って考えると、あまりにも、身勝手だとは思いませんか。
少 年  本当にひどいことをしたと思っています(泣き出す)。
裁判官  今は後悔していますね。
少 年  (泣きじゃくって声にならない)。
裁判官  亡くなった被害者のことをどう思っていますか。
少 年  (泣きながら)申し訳けないことをしました。
裁判官  その気持ちを忘れないようにね。
少 年  (泣きながらうなずく)
裁判官  遺族に対して償いもしなければいけませんね。
少 年  (泣きながら)はい。
裁判官  お母さんよろしいですね。
母 親  はい。
弁護士  すでに見舞い金として、宏明君のご両親の方から一〇〇万円をお支払いしています。
後は保険金でまかなうということでご遺族とは事実上の示談がまとまっております。それから、これは、被害者と同居していた実の妹さんからの嘆願書です。宏明君からの手紙などで心を動かされたということで、ぜひ裁判官に読んでいただきたいと、お預かりして来ました(渡す)。
裁判官  そうですか。(目を通す)わかりました。
弁護士  それと、実は学校関係者に来てもらっているのですが。
裁判官  受け入れ態勢ができたということですか。
 
 
 
弁護士  はい。
裁判官  それではお呼びして下さい。その間、少年とお母さん、付添人は中座して戴きましょ
うか。
弁護士  わかりました。
 
《書記官に促されて、三人は上手へ去る。
代わって、下手から山田生活指導主任と、石塚担任が入って来る。
裁判官に向かって生活指導・担任教諭が座る。書記官と調査官はそのまま》
 
裁判官 お忙しい中、恐縮です。
生活指導・担任 いえ。
裁判官  実は今日、宏明君の処分を決めるのですが、学校のお考えをあらかじめ伺いたいと思     いまして。
生活指導 これは校長の意見ですが、学校としては裁判所の判断を尊重したいと。
裁判官  (大きくうなづいて)そうですか。わかりました。
調査官  宏明君を受け入れてもよいということですか。
担 任  はい。
生活指導 期末試験にはパスしてもらわないと困りますが。
裁判官  なんとか卒業して欲しいですからねえ。
担 任  はい。
書記官(テーブルの下から分厚い嘆願書を取り出し)こんなにたくさん生徒さんたちからの嘆願     署名が届けられているんですよ。
裁判官  いい学校ですね。
生活指導 (まんざらでもないようで)いやあ、なかなか大変です。
裁判官  それでは退席して戴いて結構です。まもなく処分を言い渡しますので、しばらく控室
でお待ち下さい。
あっ、校長先生によろしくお伝え願います。
 
 
 
 
《生活指導・担任教諭が主任が下手へ退席し、かわって少年・母親・付添人弁護士が上手から入廷する。》
 
裁判官  お待たせしました。それでは意見を伺います。
弁護士  (少し不安げに)学校の意見はどういうことだったのでしょうか。
裁判官  裁判所の判断を尊重して戴けるそうです。
弁護士  (安堵の表情で)「わかりました。付添人の意見はすでに提出済みの意見書のとおり、
保護観察が相当だと考えます。
裁判官  調査官、何かありますか。
調査官  調査票のとおりです。
裁判官  それでは羽賀宏明に対する業務上過失致死事件について、保護処分を言い渡します。
主文。
羽賀宏明を保護観察に付する。
いいですか、宏明君。少年院などではなく、もう一度学校に戻って、自分の力で立ち直るということです。いいですね。今の気持ちを忘れずに、しっかりとやり直してください。
少 年  はい。
裁判官  これで審判を終わります。
 
《裁判官が立ち上がったところで、舞台溶暗。暗い中、全員直ちに舞台外へ去る。
と、明るく軽快な音楽が始まる。
ワンテンポおいて、上手袖から山村少年が出て来る。真っ暗な中、スポットが当たる。審判廷のセットはそのまま。山村は、舞台、上手寄りで立ち止まる。》
 
山 村  ということで、羽賀君は、無事に保護観察ということになりました。被害者のおばあ
さんが亡くなっていることから見て、軽すぎるのではないかという人がいますが、いろいろな事情が考慮されて、こういう結論になりました。
(歩きながら)この間、ぼくたちの学校は、制服も廃止され、校則もとても簡単なも
 
 
のになりました。何よりも、先生方と生徒との信頼関係ができて来たことが、とてもうれしいです。
 
《ホリゾントが明るくなる。夜明けのイメージ。山村はなお、スポットに照らし出されている。と、下手から羽賀宏明が登場する。手に、彼岸花をもっている。羽賀にもスポット》
 
山 村  よお、羽賀。
少 年  (驚いたように)山村。
山 村  どこに行くんだい。
少 年  いや、別にどこということはないんだけど。ちょっと、ハナさんのお墓参りに行こう
かと思って。
山 村  そうか。
少 年  山村には、今度のことで本当に世話になったなあ。ありがとう。
山 村  何、水臭いこと言ってんだよ。学校が変わったのは、羽賀のお陰だって、みんな言っ
てるぞ。
少 年  まさか。
山 村  よし、そのお墓参り、俺も乗った。卒業も決まったことだし、ひとつハナさんに報告
と行くか。
少 年  「ハナさんに花を」なんて、駄洒落は言うなよ。
山 村  そうじゃないよ、卒業のことを、ハナさんに話しに行くんだよ。
《ふたり、笑いながら、上手へ歩き出す。
幕が静かに降りて来る。》