ichikiyoのランラン日誌--2000年10月

時間帯 場所 天候 気温 距離 分秒 速度 時速 ペース 体調 脈拍AV. max pitAV. コメント
2000 10 1 第15回白井梨マラソン大会 曇り 快適 10 00:46:17 04:37 13 レースペース 普通 172 200 195 恒例の梨マラソン大会だったが、例によって締め切りが早いため、エントリーから漏れてしまった仲間が続出。結局、参加者は8名となった。鈴木・河本・逸見・宮本・中村・山口仁・山口幸雄そして市川である。ただし、中村岩ちゃんは健康を害したため、参加したもののスタートは見合わせた。河野さんは法の日特別法律相談会の受付の仕事が抜けられないため、エントリーしたものの欠場。二次会に駆けつけた。天気予報が雨を予想していたり、現実に東京では雨が降っていたりして、応援を約束していた川畑さんや矢田部修習生はキャンセルとなった。<BR>今回も、IDをシューズに取り付けてコンピュータで時間計測するシステムだったが、やはりスタートの計測はなし。全員が号砲からのタイム計測となった。この点は、すでに慣れっこになっているので、勝手にネットタイムをはじき出す。しかし、スタートラインを過ぎても、ぎゅうぎゅう詰めで走らせてくれないのには参った。昨年の佐倉マラソン大会では前の方に並んで快適に走ったことを思い出す。今回は、ようやく前の人に邪魔されないで走れるようになったのは、スタートしてから3キロくらい立ってからではないか。このくらい走った頃、ようやくばらけてきて、ランナーの間に隙間ができるのである。<BR>体調は、どうだったか。9月18日以来、比較的大きな仕事や行事のため、落ち着かず、全く走っていない。休息は十分なのだが、逆に休みすぎで、体が鈍っている筈である。しかし、走り始めると、結構体は動いている。やはり、休息したことの意味は大きいのかも知れない。だとすると、11月5日のニューヨークマラソンの前週に手賀沼ハーフが入っているが、むしろ、ニューヨークのためには、ここでマジに走って疲れをため込んでしまうことは不利な気がしてくる。<BR>最初から逸見さんをマークして走る。10メートル位後ろから行く、20メートル程離されると必死にスピードを上げて、間隔を戻すというペースである。結構の速度のような気がしていたが、5キロのラップでは、時間が掛かっていることが分かった。このままでは記録更新どころではないと思った瞬間、体が勝手にスパートをかけてしまったので、そのまま一気に逸見さんに並び挨拶を交わした後、このペースのまま追い抜き、さらに引き離しに入った。結構、このスパートのペースを維持できた。8キロ過ぎのアップダウン、陸上競技場入り口のアップダウンでは若干ペースダウンしたが、何とかペースを維持し、最後のスパートもまあまあだった。5キロまでが23分42秒、後半の5キロが22分35秒。いかに前半、時間が掛かったかが分かる。但し、自己記録の44分29秒のペースから見ると、この後半のタイムですら遅い。これは体が重たくなっているからだろうか。肉が引き締まっている面もあるのに体重は逆に増えている。どうもむくんでいるようなのである。酒の飲み過ぎが疑われる。体が重ければタイムは縮まない。ニューヨークまでに何かしなければならないとしたら、これも一つの課題である。二次会は鎌ヶ谷大仏前の焼肉屋、さらに津田沼パルコ内のレストランでワイン。
2000 10 7 昼間 昭和の森 快晴 暑い 20 01:57:00 05:51 10.3 LSD 快調       ランランランの合同練習会である。午前11時半土気駅に集合し、自動車と歩きで昭和の森へ。準備体操後、思い思いに走り始めた。今日は2ないし3時間走という計画である。最初は、連れだって走っていた仲間も、まもなくバラケ始め、途中からは、てんでん勝手に走った。途中、それぞれが売店で飲み物を仕入れたりしながら簡単に休憩をとり、約2時間半走った。実走行時間は2時間程度である。<BR>参加者は、鈴木・河本・逸見・宮本・山口仁・大野の7人である。終了後、この7人を自分の車に詰め込んで千葉へ。本町の銭湯に一番乗りのように入り、その後、センプラ下のオモニへ。事務所で仕事をしていた陶山さんも呼んで、相変わらずの大所帯である。
2000 10 16 大藪池3周 曇り 肌寒い 7.6 00:44:45 05:53 10.2 LSD 普通 140 159 187 朝、気持ちよく起きられたので、久しぶりの朝ランをすることにした。最後の朝のランニングがいつだったか、思い出せないほどである。ランニング自体も、1週間以上、空いてしまっていた。窓を開けると、ひんやりして、晩秋の面もちである。昨日の雨が上がったばかりで、地面は濡れている。これは、いつもの出で立ちでは寒そうだと考え、長袖のシャツに長いランパンを履いて出かけた。サングラスのツルがないので、サングラスは無しである。<BR>ランニングは、ちょっと走っていないと、何かしら自信がなくなってしまう。走り方を忘れてしまったわけでは無かろうが、上がってしまうというのか、リラックスした気持ちで走れない。今日は特にそうだった。池までの坂で、肩に力が入っていることに気づいて、肩を意識的に下げる。ふと考えると、呼吸も3回吸って、2回吐く、レース最終盤の必死状態の呼吸になっている。リラックスしているときは、5回吸うなどの余裕があったのにと、愕然とする。このような感じは、足の運びにもついて周った。いつものペースってどのくらいだっただろうか、などと考えながら、借り物を付けているような違和感を覚えつつ走った。しかし、このような感じも1周目の半分くらいまでで、次第に消えていった。体が温まったからだろうか。1キロ以上走る中で、走りの感じを取り戻したからだろうか。<BR>中学生の登校時間とぶつかっているため、どんどん中学生がやってくる。中学生達の傍らを走ると、どうしても速度が上がってしまうようで、脈拍にも正直に出る。どうも、遅く走っていることに後ろめたさがあるのではないかと、勘ぐりたくなる。あるいは、速い方がかっこいいと考えているのだろうか。我ながら、馬鹿なことである。女子中学生がひとり、「おはようございます」と声を掛けてくれた。驚いてこちらも挨拶を返した。<BR>池から鴨がいなくなったと家族が言っていたが、本当にいなくなっている。どうしたのだろう。渡りをする鳥とも思えなかったし、それ以前に飛べそうもない鳥たちだったのに。<BR>3周に入ったところで、突然、腹痛が始まった。何とか騙し騙し走ったが、堪らず、今日は3周で上がってしまった。
2000 10 22 昼間 大藪池9周 曇り 快適 21.4 02:00:00 05:36 10.7 LSD 快調 135 193 183 池9周は久しぶりである。記録を見ると、なんと4月以来、半年ぶりであることが分かった。<BR>最近走りをさぼっているので、何とか距離を稼ぎたいと思って走り出した。前回、腹痛の為、途中リタイアしていたので、何とかその分だけでも取り戻そうと、最低5周のノルマを課して走り出した。今日は本当にLSDをしたいと考え、ごくゆっくりしたペースで走った。3周目くらいから、走ることの苦しさが無くなるような感じにとらわれた。トランス状態なのだろうか。いつまででも走っていられる感じがして、そのまま、走り続けることに。5周くらいで腰の張りが若干ひどくなったが、6周目くらいでこれがいつの間にかなくなり、腿の裏側、ハムストリングスの方に張りが降りていったような感じがした。その後、これが薄らいでくると、今度は左の膝の周囲、膝の裏側などに違和感が生じた。しかし、これもいつのまにか薄らぎ、最後は、どこということのない、全体的な疲れ状態となった。<BR>池の鴨がいつの間にかいなくなった。人の話によると、死んでしまったとのことである。鴨は飛べなかったので、あそこから逃げられないはずなので、本当に死んでしまったのだろう。代わりに鶏が2羽いる。烏骨鶏という鳥だそうだが、本当なのか。この鳥が来てから鴨が死んだといわれている。この鳥も誰かが持ち込んだものとのことだ。やはり飛べない鳥なので、自分でフェンスを越えて池に入ることは出来ない。人間が放したか、捨てたかであろう。<BR>7周を過ぎるとどうしても9周したくなる。9周でハーフ相当の距離となる。ラストの9周目は、レースペースを意識して、若干ストライド走法に変えた。そしてラストのスパートも決め、最後のグリーンベルトの坂登りも軽快に上がることが出来た。
2000 10 23 夜間 セントラルポートスクエア 少し暑い 10 00:56:00 05:36 10.7 るんニコ 普通       今月初のセントラル。先日のセントラル千葉では、終了時間が早まっていたので、何となく、利用しにくい感じがしていたのである。そこで事前に電話で終了時間を確認したところ、なんとセントラルポートスクエアは一年中午前1時までの営業だと聞いて、俄然、行く気になった。<BR>ランニングマシンも空いており、すぐに走り出す。ランニングマシンの前に設置されているテレビでは、日本シリーズの第3戦を中継している。今日は巨人がすかっと勝っている。これを見ながら走った。隣の女性が、自分と同じ時速10キロで走っていると思っていたら、途中から時速11キロに上げ、さらに時速12キロに上げた。自分も途中から時速11キロに上げたが、それ以上は上げずにいると、女性は6キロ半で上がってしまった。<BR>今日もヴァームを2本持ち込み、どんどん飲みながらのランである。屋外と違い相当に暑い感じで、Tシャツはあっという間にびっしょりである。<BR>8キロから300メートルを時速15キロ、9キロからの500メートルも時速15キロで追い込んで終了した。<BR>今日は、クラブ内でアミノバイタルやアミノバイタルウォーターの宣伝販売を行っていた。セールというので、アミノバイタルを買ってしまった。<BR>終了後のシャワーは相変わらず水の出が悪く、これだけはどうにかして欲しい。<BR>またここでも気温が高く、汗が引かないのには参った。
2000 10 24 夜間 セントラルポートスクエア 少し暑い 10 01:07:13 06:43 8.9 LSD+ 普通 153 189 165 連夜のセントラルポートスクエアである。今日は9時半頃からのランとなった。一昨日、昨日の疲労が残っている感じなので、疲労物質を流そうという感じで、だらだらの走りにした。時速10キロで流していたが、パルスグラフを見ると、最初低かった脈がどんどん上がっていってしまう。セントラルで走るとつらさを感じるが、脈でもこれが立証されている感じである。気温が高くて、体温が逃げないのが原因のように思われる。6.5キロを走った段階で脈は160を越え、170近くにまで上がっている。これでは、ほとんどレースペースである。時速10キロでは、池周回ではこんなに上がらない。やはりセントラル室内の所為であることが明らかである。<BR>そこで、一旦、脈が正常化するまで速度を落とすことにして、時速6.5キロにまで下げ、歩き出した。おもしろいことに、歩き出しても、簡単には脈は下がらない。もちろん下がるのだが、一旦下がった脈が、しばらくするとまた勝手に上がりだし、さらにしばらくすると再び下がりだすという風に、波のような状態で次第に下がっていくのである。<BR>このようにして8キロまでをウォークに当てた。しかし、さすがにこのころには130代に下がっていて、苦しさは全くなくなってしまっていた。<BR>そこで、飽きが来ないように、8キロからは、時速15キロで400メートルを走るインターバルとした。8キロからと9キロからの2回、それぞれ時速15キロの400メートルで突っ走り、その間を時速6.5キロのウォークでつないだ。<BR>最初の5キロの平均脈拍は148、6.5キロまでの1.5キロが171である。脈がどんどん上がっていったことが分かる。その後のウォークで146。ダッシュはそれぞれ173である。<BR>上がってから、ランニングマシンの周辺でストレッチをしていると、最後のエアロビスクールが始まった。時間を見ると午後11時である。これからのスクールというのは、結構、すごい。さすがに生徒は少ない。10人もいるのだろうかという感じである。<BR>今日は最後、600メートルのウォークで上がったため、昨日と違って、体はあまり過熱していない。シャワー後も、比較的楽に汗が引いていった。昨日は大変だったが。
2000 10 26 夜間 セントラルポートスクエア 曇り 少し暑い 5 00:32:07 06:25 9.3 LSD 普通 149 167 176 距離を稼ぐために来たはずなのだが、3キロ過ぎからお腹の調子が悪くなってしまった。我慢して走っていたが、ランの刺激の所為かだんだんひどくなるので、仕方なく途中からウォークに変更。だらだらと歩いていたがこれでもダメなので、5キロになったところで切り上げてしまった。<BR>その代わり、久しぶりにサウナに入った。以前のようにサウナを使う気がしなくなってしまったのはどうしてだろうか。やはり、ポートスクェアの方には水風呂が無いことがサウナにとっては決定的な弱点かも知れない。そういえば、ポートスクェアのロッカールームにアンケート結果の報告が張り出されていたが、そこにジャグジーの温度が高すぎるとの意見が紹介されていた。これを受けて若干下げたとのコメントが付いていたが、それでも水風呂にはほど遠い。ジャグジーを水風呂にしてしまうと、一つしかないので完全に風呂が無くなってしまうのが痛いのだろう。セントラルフィットネスクラブは、ヴェルディと比較するとこと風呂関係に関しては全く貧弱だ。ヴェルディとは勝負にならない。などと思いながらサウナに入った。<BR>5キロしか走っていないし、しかも最後は歩いていたので、全く走ったような感じがしない。体へのダメージ感が皆無である。これも結構寂しい。などと勝手なことを考えながら帰った。
2000 10 29 第6回手賀沼エコマラソン 肌寒い 21.0975 01:42:08 04:50 12.4 がんばり 快調 159 205 195 予報通り、昨夜から引き続き、一日中雨だった。雨なら欠場という宮本さんは欠場、足を痛めて出られないかも知れないと言っていた鈴木先生も欠場、来たのは逸見さん、河本先生、山口仁さんと中村君。しかし、中村君は、会場で着替えを始める段になって鼻水が出ると言って結局欠場。四人だけの出場となった。但し、河本先生は、ニューヨークシティマラソンを意識して、結局10キロ弱、折り返して大会会場付近を通過する際に予定通りリタイアし、最後まで走ったのは逸見山口市川の三馬鹿組だけであった。<BR>雨で会場の地面はぐちゃぐちゃ、いきなり靴が泥だらけになった。着替えのテントが満員なので、土産物屋さんのテントの軒下を借りての着替え。今回はゼッケンが事前に送られてきていたので、自宅でゼッケンを着け、ランシャツランパンとも着込んできたため、服を脱ぐだけの簡単準備で済んだ。<BR>走る前は、来週に迫ったニューヨークシティマラソンを意識して、流すだけの軽い走りにしようと思っていたのだが、いざ走り始めると、逸見さんは、いつものレースペースでがんがんに飛ばしていく。これに何となく影響されて自分も付いていく。しかし、次第に離され、最初の4.5キロ付近の折り返し地点で50メートル程離されていた。これを確認してから一気に差を詰めることを考えはじめ、ニューヨークシティマラソンのことはすっかり忘れてしまった。スタート地点に戻る8キロ付近では、逸見さんの後ろにピタッとついて走り、以後、18キロ地点まで、ずっと逸見さんの1、2メートル程後ろを付いて走った。意地でも後ろは見ないという逸見さんの言葉通り、結局逸見さんは一度も振り返らないままの二人旅。二松学舎までの長くて一部はきつい3回の坂の上り下りでも、これは続いた。自分はスパートのタイミングを計っていた。白井梨マラソンのときは残り5キロでスパートしたが、ハーフでは残り5キロではもたない気がしていたので、残り3キロ強の18キロ地点でスパートした。逸見さんに初めて並んで声を掛けるや、一気に速度を上げてスパートした。これからの3キロ強は本当に牛蒡抜きである。ハーフの終盤で、ほとんどの人はあっぷあっぷである。自分のようにスパートしている感じの人もいるが、ごく少数派。ゴールのアーチが見えてからはさらに速度を上げて、池周回の最終スパートのように全速力で抜いていく。アーチの直前に河本先生が待っていて応援してくれる。やはり10キロで止めたんだなと思いながらアーチをくぐり抜けたが、何とこのアーチはゴールではなく、さらに200メートル程先にFINISHと書かれた別なゴールがあって唖然とした。すでに最終スパートをしてしまったのでこれ以上持たず、最後は周りの人と同じような速度でおとなしいゴールとなった。梨マラソンに続き、仲間内でトップ。去年のサンスポを5秒上回っての自己記録更新であるが、サンスポと比べて坂が多いことを考えると、大幅な自己記録更新である。ちなみに、昨年の同大会の記録を30秒ほど更新した。。<BR>終了後の着替えがまた大変。地面はいよいよぐちゃぐちゃで、泥だけらになりそうなのを我慢しての着替えである。結論。手賀沼の雨はどうしようもない。雨が降らないことを祈るしかないのだろうか。終了後は、去年に続き柏駅前の炭火焼肉。ここの肉はおいしい。

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